木村拓哉 “ファンのために事務所に残った” 衝撃発言にガッカリ、相次ぐ「すぐに辞めて」の悲鳴

歌手の木村拓哉が、20日放送のTBS系バラエティー番組『それSnow Manにやらせて下さいSP』に出演。同じ事務所の後輩であるSnow Manとディズニーシーのロケに向かう車内で、木村の運転のもと、スタッフなしの空間でトークを展開した。 「ファンのために事務所に残った」 Snow Manのメンバーから木村に「休日はなにをしていますか」、「セリフはどうやって覚えていますか」といった質問が次々と投げかけられるなか、深澤辰哉が「辞めようと思ったりしたことはないんですか」と聞くと木村は「全然あるよ」と即答。芸能界引退を考えたことがあると告白した。 「芸能界に入った当初はなにもすごいと思っていなかった。キャーって言われる人たちより、本当に歌がうまい人が僕は好きだったから。キャーって言われていることに対して全然魅力を感じてなかった」とアイドルとしての葛藤があったという木村。 それでも、17歳のときに蜷川幸雄さん演出の舞台に出演したことで「これ、すげえことやってんなって理解して初めて本腰になった」とも話した。 車がディズニーシーに近づくなか、ラウールが「いま同じ事務所にいられることが心強くて。いつも力になっていますが、自分が木村さんだったら事務所を辞める選択肢って視野に入りやすいかなと。選択しない理由はあったりするんですか」とつっこんだ質問をした。 すると木村は、「自分のことを考えたら辞めたほうがいいのかもしれないけど、自分だけでできている仕事じゃない。ファンの人がいてくれて俺ら初めて成立してるじゃん。その人たちってきっと、そのときからの自分のことや僕らみたいな人間関係性っていうのも込みで気持ちを向けてくれているんじゃないかなって思うから、そこかな」とファンの存在に言及。 「自分のことを考えたら全然やめたほうがいいと思う。自分単体ではあんまり考えてない」と回答した。 すると、SNS上はまたたく間に以下のようなコメントであふれた。 《ファンのために事務所に残ったっていうの衝撃すぎて言葉失う》 《私はジャニーズの木村拓哉が好きなんじゃない、SMAPの木村拓哉が好きなの》 《ファンのためというならすぐに事務所辞めて》 《拓哉さま ファンはSMAPをまた見たいのですよ》 《出て行った4人はファンのこと考えてないっていうの?》 《なんで「この事務所から出たら応援されない」って思っちゃうんだろ》 《どうしたら、事務所を辞めてほしいファンの思いは木村くんに届くの》 ファンとしては、木村がどこにいようと応援するし、本音としては事務所をやめてSMAPが復活するのを望んでいるのだろう。ファンのために事務所に残ったという木村の発言を理解しがたいファンが多いようだ。…

《速報》川島海荷、競泳の中村克選手との結婚を発表!

【モデルプレス=2024/12/23】女優の川島海荷(30)が12月23日、自身のInstagramを通じ、競泳・中村克選手(30)との結婚を発表した。 ◆川島海荷、結婚を発表 川島は「私事ではありますが、わたし川島海荷は中村克さんと入籍いたしました」と結婚を発表。「彼の優しさに惹かれ、そして目標に向かって真っ直ぐ突き進んでいく力強さ、とても尊敬しています」と中村選手への想いを明かし「私はまだまだ未熟者で至らないところが沢山あるのですが、彼と支え合いながら、そして切磋琢磨して、これからも変わらず頑張っていきたいと思っています」と誓った。続けて「2024年が終わろうとしている中、人生の1つの分岐点を皆様にお伝えすることができて嬉しく思います」とし「いつも支えてくださっている関係者の方、そしていつも応援してくれている皆さん、2025年からもどうぞよろしくお願いいたします」と呼びかけ。最後には「年末くれぐれも体調などお気をつけて、良いクリスマス、そして良い年をお迎えください!」と結んでいる。 また、中村選手も自身のInstagramにて結婚を報告。「これまでの競技生活は正直辛いことの方が多かったですが、彼女と出会い、支えられて今の自分があります。彼女は優しく僕を照らしてくれる太陽の様な存在です」と川島の存在を明かし「そんな人とこれからも目標に向かって邁進してまいります。今後とも我々を温かく見守って頂けたら幸いです」とつづっている。 写真は、海をバックにブルーのドレスに身を包んだ川島が、中村選手と手を取り合う様子や、中村選手が川島を持ち上げ見つめ合う様子を収めたウエディングフォトとなっている。 川島は1994年3月3日生まれ、埼玉県出身。2006年にTBS系ドラマ「誰よりもママを愛す」でデビュー。2007年には、「Life 天国で君に逢えたら」で映画初出演。2016~19年まで、日本テレビ系情報番組「ZIP!」の総合司会を務めた。近年の主な出演作は、MBS/TBSドラマ「liar」(2022)、テレビ東京系ドラマ「Qros(キュロス)の女」(2024)、BUMPドラマ「インスタントループ」(2024)、舞台「キングダム」(2023)、「君しか見えないよ」(2023)、「イノセント・ピープル~原爆を作った男たちの65年~」(2024)など。 中村選手は1994年2月21日生まれ、東京都出身。競泳・100メートル自由形で日本人初の47秒台を記録した選手。2016年のリオデジャネイロオリンピック、2020年の東京オリンピックに日本代表として出場した。(modelpress編集部) ◆川島海荷コメント全文 いつもお世話になっている皆さまにご報告があります。 私事ではありますが、わたし川島海荷は中村克さんと入籍いたしました。 彼の優しさに惹かれ、そして目標に向かって真っ直ぐ突き進んでいく力強さ、とても尊敬しています。 私はまだまだ未熟者で至らないところが沢山あるのですが、彼と支え合いながら、そして切磋琢磨して、これからも変わらず頑張っていきたいと思っています。 2024年が終わろうとしている中、人生の1つの分岐点を皆様にお伝えすることができて嬉しく思います。 いつも支えてくださっている関係者の方、そしていつも応援してくれている皆さん、2025年からもどうぞよろしくお願いいたします。 年末くれぐれも体調などお気をつけて、良いクリスマス、そして良い年をお迎えください! 川島海荷 ◆中村克選手コメント全文 この場をお借りしてご報告させていただきます。 かねてよりお付き合いしておりました川島海荷さんと入籍致しました。…

【独自】プロゴルファー・柏原明日架 キャディーとの不倫裁判で慰謝料300万の支払命令が下っていた

柏原に対し、不倫裁判で300万円の支払命令 12月13日、人気女子プロゴルファーの柏原明日架(28)が、自身のインスタグラムを更新。長い黒髪をバッサリと切り、「#スッキリ」というハッシュタグと共に、ショートボブヘアになった姿を公開した。美人ゴルファーとして知られる柏原の突然のイメージチェンジに、SNSでは《比嘉愛未かと思った》《モデルみたい》などと称賛の声が上がっている。 柏原は、’19年に日本女子プロゴルフ協会(JLPGA)ツアーで初優勝を果たし、メジャー大会でも好成績を収めている。アイアンショットの精度が高く、グリーン周りでのアプローチに定評がある。私生活では’24年2月、自身のインスタグラムに純白のドレス姿の写真を投稿し、入籍を報告していた。 そんな柏原に12月10日、東京地裁で被告として争ってきた不倫裁判の判決が下った。 「現代ビジネス」が柏原の不倫騒動を報じたのは’24年3月のこと。不倫相手A氏の妻Bさんに訴訟を起こされ、慰謝料を請求されているという内容だった。12月10日に東京地裁で下された判決は柏原に対し、妻Bさんに300万円を支払うよう命じるものだった。 名実ともに認められている人気ゴルファーが、数年前まで妻子ある男性と不倫関係にあったというのだが、その不倫相手A氏とは、柏原のキャディーを務めていた人物である。裁判記録からわかるその不倫の内容とは──。 「は? 何言ってんの?」と一蹴 原告である妻Bさんが二人の関係に疑いを持ち始めたのは’20年11月頃。A氏が柏原と深夜でも早朝でも頻繁に連絡を取り合っていることが分かった上、A氏が家に帰る日が減り、家の中で肌身離さず携帯を持ち歩くようになったことに不信感を抱いたのだ。A氏とBさんとの夫婦仲はギクシャクし始め、思い悩んだBさんは柏原に連絡を取るが、辛辣な言葉を投げかけられる。 〈私は夫との険悪な関係に耐えられなくなり、子供たちのためにも夫との関係を修復しなければと考え、意を決して初めて被告に対して電話をかけました。電話に出た被告に、家族の仲が険悪になってしまっているから、連絡を取る時間など考え、夫との距離を保ってほしいと話したところ、被告からは、「は? 何言ってんの?」と強い口調で一蹴され、電話を切られてしまいました〉(Bさんの陳述書より) 裁判によれば二人の不倫関係は’20年10月頃から始まり、なんと翌年には都内のマンションで同棲を始めていたという。 〈’21年(原文では令和3年)1月、合宿先から戻り羽田空港に着いたはずの夫が、そのまま家に帰ってこなくなりました。最初は、コロナの関係で1週間ほど隔離されるのだという話を電話でしていましたが、どこで隔離されているのか聞くと、返事に窮している様子でした。1週間を過ぎても家に帰らず、その後は知り合いの社長さんの家に泊めてもらっているという話を繰り返されました〉(Bさんの陳述書より) 結局、Bさんは’21年2月に調査会社を使って二人を調べ、不倫関係にある事実を知ることとなる。柏原の当時のマネジメント会社、柏原の両親はBさんより早く二人の関係を知り、反対していたという。 〈原告夫と被告は、’20年(原文では令和2年)10月に不貞関係を開始したが、当初被告の両親や被告の当時のマネジメント会社にはそれを隠していた。(A氏の仕事状況の記載のため中略)このころ、ゴルフ界においては二人の不貞関係が徐々に広まってきていたため、被告の当時のマネジメント会社が不貞関係を知るに至り(A氏の仕事状況記載のため中略)被告の親にこれを告げた。 被告の親はこれを聞いて怒り、二人の交際を反対し、原告夫は合宿期間途中で被告のキャディーを外れることとなった。被告は、マネジメント会社や親から原告夫との関係を解消するように言われたが、これを聞き入れず、東京で原告夫と同棲をはじめた〉(第一準備書面より) 半ば駆け落ちのような形で同棲を始めたわけである。恋愛に夢中で二人には周りの状況が見えていなかったのだろうが、Bさんは悲惨な状況だった。A氏とBさんの間には3人の小さな子供がおり、一番下はまだ0歳。それにもかかわらず、夫は駆け落ち同然に家を出て行き、’21年2月頃から離婚を要求された。 柏原が行ったとされる“兵糧攻め” 〈私は、被告との不倫により夫が家を出て行ったことで、非常に気持ちが落ち込み、突然涙が止まらなくなったり、眠れなくなったり、1か月に5キロも体重が減るなどしました。子供と一緒ではなかなか病院にも行けず、心療内科には数回だけ通い、うつ状態と診断されました。子供の七五三祝いにも、お宮参りにも、父親である夫の姿はありません。子供たちは、パパはかえってこないのかとあどけない顔で聞いてきます。さみしい思いをさせてやるせない思いをしました。(家計状況記載のため中略)私のめまいや不眠、冷や汗、腹痛などは、なかなか回復することはありませんでした。 不眠が続いたせいか、’21年(原文では令和3年)夏ごろから半年近くの間、さらに心身に不調をきたし、軽い記憶障害のような状態になってしまいました。日常の出来事をすぐに忘れてしまうようになり、乳児もいる中でそれは大変だということで、母が(Bさんの個人情報のため中略)頻繁に上京するなどしてサポートしてくれ、なんとか生活を維持しました〉(Bさんの陳述書より) その精神的な負担は容易に想像できるが、Bさんがこれだけ苦しい思いをしたのは、夫が出て行ってしまったことに加え、もう一つ理由がある。’21年5月頃から、A氏からの生活費の仕送りが滞るようになったのである。A氏が契約者となっているクレジットカードは使えたものの、現金は底をつき、年金や税金などの督促状が頻繁に自宅に届くようになったのだ。なぜ、A氏は家族への仕送りをしなくなったのか? 訴状でBさんサイドはこう主張している。 〈被告は原告夫に対し、早く離婚してほしいと言いつつも、自身がプロゴルファーであるが故の対外的理由から、両者間の不貞関係を離婚理由にしてはならない、と述べ、原告を兵糧攻めにして離婚を早めるように仕向けた。具体的には原告といると仕事のモチベーションがあがらないので仕事ができず、収入も得られない等という理由をつけて、婚姻費用(生活費:編集部註)を支払わないように申し向け、原告夫から原告や原告代理人にその旨連絡させた〉…