「なんで! なんで! なんでなの?」突然の死に小林幸子も動揺…病気発覚から5ヶ月で死去、日本中から愛された大物歌手「八代亜紀(享年73)の最期」

そのあまりに突然の死に、歌謡界は悲しみに包まれた――2023年12月30日、73歳でなくなった歌手の八代亜紀さん。多くの日本人、歌手仲間から愛された彼女の人生を、朝日新聞編集委員で、昨年10月に亡くなった小泉信一氏の新刊『スターの臨終』(新潮社)より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目/最初から読む)

疲れた労働者を癒やす「八代演歌の力」

情感豊かな天性の歌唱の凄さは、日本歌謡史の中でも「唯一無二」。だが、才能におごらず、ひたすら音楽の勉強を続けた。

八代は、アメリカ南部の都市・メンフィスを訪ね、黒人労働者の歴史を学んだことがある。思い出したのが、幼いころ熊本の父親が歌っていた浪曲だった。その中に子守歌のメロディーが入っていた。子守奉公に出された貧しい農家の娘たちが、故郷に思いを馳せ、つらさを口ずさむことで我が身をなぐさめたという。「哀愁漂うメロディーは、日本の歌の根源。日本のブルースです」と八代は語る。

ドスの利いたハスキーボイス。情感を切々と歌う八代演歌は、清純派を売りにしたアイドル歌手を吹き飛ばす迫力があった。ファンには派手な装飾を施したデコトラ(デコレーショントラック)の運転手が多かったのもうなずける。長距離運転の孤独や仕事の過酷さを、八代演歌は癒す効果があるのだろう。

指定難病にかかっていることが発覚

所属事務所によると、八代は2023年8月下旬に体調不良を訴えて複数の病院を受診し、膠原病の一種である免疫異常の指定難病にかかっていることが判明した。心配だった筆者が事務所社長に連絡をとったところ、「大丈夫です。一日も早い復帰を目指し、治療とリハビリに励みます」と前向きだった。

八代自身も「少しの間、大好きな歌と絵から離れなきゃいけないのは寂しいけれど、必ず元気になって戻ってきますので待っててね」とのコメントを発表した。再び元気な八代に会えると信じていただけに、容体が急変するとは事務所のスタッフをはじめ誰も思っていなかったに違いない。

2023年12月30日、急速進行性間質性肺炎のため死去。くしくも、日本レコード大賞が開催された日だった。享年73。

小林幸子もSNSで激しく動揺

長く親交のあった小林幸子は「なんで! なんで! なんでなの? 今はこの言葉しかでてきません。頭が真っ白で言葉がみつかりません」とSNSに想いを綴った。激しく動揺してしまったに違いない。

突然の死に動揺する小林幸子さんのツイート(画像:本人SNSより)

同じ銀座のクラブで歌った五木ひろしも「下積み時代から50数年間頑張っている姿をずっとそばで見てきました。心から敬意を表したいと思います」とコメントを発表した。

八代亜紀さん ©文藝春秋

事務所によると、葬儀は八代自身の強い遺志により、スタッフのみで1月8日に執り行われた。とても穏やかな顔で旅立ったという。

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人々の代弁者として歌を歌い、表現者として絵を描くことを愛し続けた73年の人生。

常に大切していたのが「ありがとう」という言葉だった。療養期間中も、スタッフや医療従事者の方々に「ありがとう」と感謝の言葉を伝えていた。

貧困、流浪、差別、因習……。戦後の日本人が封印してきた世界を思い起こさせる歌もあった。冷たい風が吹きすさぶ海沿いの小さな居酒屋こそ、八代演歌は似合った。

「80歳になっても90歳になっても、『舟唄』を歌いたい」

その言葉が今、筆者の胸に重くのしかかる。

 

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